今、発達障害があると診断される子どもの数が増えています。2012年の文部科学省調査によると、医師の診断を受けてはいないけれども現場の教師の判断で軽度の発達障害があると判断された児童生徒は6.5%程度(およそ15人に1人)いたということです。さらに2014年の文部科学省の調査結果によると、義務教育段階の全児童生徒のうち特別支援教育を受けている子どもの比率は3.33%(30人に1人)で、2004年と比べて10年間で1.9倍に増えています。(こちらの資料をご参照ください)。この傾向は日本だけではなく、後述するようにアメリカでも起きています。2012年にアメリカの小児科学会が、「子どもに対する農薬の暴露が、発達障害や脳腫瘍などを引き起こしやすくするので注意をしなければならない」と公式発表し、アメリカでは農薬と発達障害には関係があるとの見方が広がっているようです。今回は、農薬と子どもの発達障害について、日米の科学者の研究からわかったこと、疑われることについて調べてみました。
グリホサート(除草剤ラウンドアップ)使用と自閉症スペクトラム障害の増加との関係
グリホサートが人体に与える影響について生物学的な研究をしている、アメリカ・マサチューセッツ工科大学(MIT)のステファニー・セネフ博士が、2015年に「このままでは2025年には、米国内の子どもの半数が自閉症になる可能性がある」と警告しました。アメリカでのトウモロコシ・大豆栽培に使用されるグリホサートの使用量の増加と国内の小児自閉症の発生率の増加についてデータ解析したところ、関係性が考えられるというのです。この警告について日本のメディアは取り上げていませんが、「グリホサート 自閉症」で検索するとセネフ博士の警告と根拠となるグラフを取り上げたブログをいくつも見つけることができます。もしも英語の文献が読める方であれば、マサチューセッツ工科大学のセネフ博士のホームページ(http://people.csail.mit.edu/seneff/ )にセネフ博士が発表したスライドが掲載されていますのでご参照ください。グリホサート(Glyphosate),自閉症(Autism)という言葉を手掛かりにしてください。ちなみに、私は英語が苦手なので、辞書を使っても理解できていません。
自閉症は、1970年代には1万人当たり4~5人という極めてまれな障害だったそうです。2000年以降、自閉症を含めて自閉症スペクトラム障害(ASD)という広い概念が使われるようになり診断基準も変わったそうですが、その新しい診断基準に基づく統計で最近の傾向が明らかになりました。アメリカの行政機関である疾病予防管理センターの発表によると、自閉症スペクトラム障害(8歳児)の有病率は、2000年に0.67%(150人に1人)だったものが、2012年には1.46%(68人に1人)へという急激な増加をしているということです。(発達障害の長男を持つ医師のブログ「発達障害治療研究ノート」をご参照ください。)
グリホサートが発達障害とどのような関係にあるのか、医学的な研究が進められることを待つ必要はありますが、このような発達障害の急激な増加傾向を見ると、セネフ博士が指摘しているように原因の一つであるかもしれないグリホサートの残留基準値を緩和してまで使用量を増やすことには大いに問題があると思います。
有機リン系、ネオニコチノイド系農薬(殺虫剤)と子どもの発達障害
日本では、農薬の健康への影響について研究し、問題を指摘する医師や研究者はまだ少ないようです。そのような研究者の一人である脳神経科学者・黒田洋一郎氏(環境脳神経科学情報センター代表)の講演録(2015年、日本有機農業研究会全国大会基調講演)から、これまでに分かってきたことをまとめます。
脳の発達の過程で1000億個の神経細胞が100兆個のシナプス(神経細胞間をつなぐ情報伝達の仕組み)で結合して無数の神経回路が作られます。それらの仕組みは化学物質で作られています。さらに神経細胞から神経伝達物質という化学物質が出されシナプスを通ることによって情報が伝えられます。この複雑な仕組みが作られるのに必要な化学物質は遺伝子発現によって合成・調節されますが、その際に侵入した農薬などの環境化学物質が神経伝達物質やホルモンなどに類似した働きをすると、遺伝子の発現・調節が攪乱されて発達障害を引き起こします。このように、発達障害の大まかなメカニズムは、症状に関係する特定の神経回路、シナプスの形成異常であろうと考えられているそうです。
そしてそのような問題を引き起こす原因となる環境化学物質は、妊婦から胎盤を通して胎児へ、母乳を通して乳児へ移行し、子どもの脳が化学物質に暴露してしまいます。この胎児から1歳くらいまでの時期は特にシナプスの形成が盛んな時期なので有害化学物質の影響を受けやすいので、発達障害になりやすいということに注意が必要だと黒田氏は指摘しています。
2012年の調査によると、デンマーク、オーストラリア、カナダ、スウェーデン、アメリカ、イギリス、日本、韓国での自閉症と広汎性発達障害を合わせた1万人当たりの有病率を比較したときに、韓国(190人)に次いで日本が2位(180人)と他の諸国と比べてひときわ多いことがわかりました。この順序は単位面積当たりの農薬使用量を比較したときの順位と同じ(つまり韓国と日本は突出して多い)だということで、このデータを見ても農薬と発達障害とは関係がある可能性を否定できないと黒田氏は分析しています。
農薬と発達障害の関係については、次のような研究結果が発表されています。
◆2010年にアメリカのハーバード大学とカナダのモントリオール大学との共同研究で、 注意欠陥多動性障害(ADHD)と診断された子どもは、有機リン系農薬を際だって多く摂取していることが明らかになりました。
◆黒田洋一郎氏のパートナーである木村―黒田純子氏が、ラットの小脳の培養細胞を使った実験で、ネオニコチノイド系農薬(ニコチン類似物質)を与えると神経細胞の興奮作用により脳の発達に異常が起こる可能性があることを明らかにしました。
◆2016年国立環境研究所で行われた動物実験では、マウスの母親にネオニコチノイドを暴露させたら、生まれた子どもの一部に障害が生まれたことで、ネオニコチノイド系農薬が子どもの発達障害を引き起こす可能性が高いことがはっきりしました。
以上のように、最近の疫学的・医学的研究で、農薬は子どもの発達障害を引き起こしている可能性が極めて高いということがわかってきているのです。黒田洋一郎氏は、「農薬や環境化学物質が脳の発達にどう影響するのか、確実にはっきりとわかるまでに数十年以上かかるでしょう。ですから少しでも危険とわかった段階で、あらゆる危険を避けることが大事なのです。後になって、農薬がやっぱり原因だと分かっても、後の祭りです。地球温暖化と同じですが、危ないものは避けるという予防原則が大事です」と訴えています。現在の暮らしの中で農薬をはじめとする化学物質を完璧に避けることはできないのかもしれません。しかし、子どもの脳は出生時に4分の1の大きさで、2歳までに残りの4分の3が出来上がるといわれています。だからこそ、胎児から2歳までの子どもに対する農薬の影響を少しでも少なくするように気を付けることが大切ではないでしょうか。わたしは、命を育てる食べものをつくる仕事をしているということを、あらためて意識しました。
これまで5回にわたって農薬の子どもへの影響について考えましたが、農薬の影響は子どもだけに現れるのではありません。農薬を取り込むことによって、実際にどのような被害・症状が表れるのでしょうか。次回は、群馬県前橋市の青山内科小児科医院院長・青山美子氏の講演から具体例について書こうと思います。青山内科小児科医院は、年間に1500~2000人の農薬・化学物質中毒患者が訪れるという、日本では数少ない専門医療機関です。もしかしたら、あなたにも同じような症状の経験があるかもしれません。