書きたい話題はたくさんあっても、なかなか時間が取れなくてブログの更新が遅くなりましたが、ようやく書くことができました。
いま千葉県いすみ市は、学校給食や有機農業に携わる人、関心を持つ人のたちの間で話題になっています。なぜかというと、学校給食で使うお米を全量有機栽培米に切り換えたからです。これは全国でも先進的な取り組みだということで注目されているのです。私はこの1年の間に3回、いすみ市の事例報告を聞く機会がありました。東京で開催された「全国有機農業の集い」、いすみ市で開催された「生物の多様性を育む農業国際会議」、そして鴨川市で開催された「オーガニックシンポジウム」です。同じ千葉県内で始まったこの注目すべき取り組みの話題はまだ地元では語られることがないので、多くの方に知っていただきたいと思い書くことにします。
有機稲作への転換と広がり
千葉県いすみ市の人口は約3万8千人で、わが家のある南房総市とほぼ同じ規模のまちです。2017年10月、市立の13小中学校の学校給食で使用する米を全量無農薬無化学肥料の有機米に切り換えました。いすみ市がもともと有機農業の盛んなところだったのかというと、意外なことに、有機稲作が始まったのは2013年と最近のことで、その4年後に学校給食を変えるところまで進んだのでした。そのいきさつは次のようなことでした。
いすみ市内では、アカウミガメやゲンジボタルの保護活動、谷津田の再生など市民による里山・里海保全活動が盛んだったことから、それらを農業や観光など地域の産業の活性化につなげられないだろうかという問題提起の下、2012年環境・農業・地域経済の3部門で、市民団体、農業団体、JA、商工会、観光協会、NPOや関係機関など40団体が参加して「自然と共生する里づくり協議会」が発足しました。その中で、有機稲作の推進が先導的プロジェクトに決まりましたが、地元で実際に有機稲作に取り組む農家はいなかったばかりか、農家の反応も冷ややかだったそうです。それでも、一人の農家が手を挙げて、2013年に22aから始まりました。
ところが、実際にやってみると、田んぼ一面を覆う雑草の手取りに追われてしまい、このままでは続けることはできないという事態になりましたが、ここであきらめてしまわなかったところが、いすみのすごいところです。専門家の指導を受けて一から有機稲作を学ぼうということになり、栃木県にあるNPO法人民間稲作研究所の理事長である稲葉光圀氏の指導を受けることになりました。稲葉さんは、全国で有機稲作の普及活動を進めている方で、私も所属するNPO法人日本有機農業研究会を通して直接知っています。いすみ市では、さらに県の農業事務所やJAにも協力を要請し、いすみ市の気候や土壌に合った有機稲作技術体系を確立するための実証事業「有機稲作モデル事業(2014年~2016年)」を立ち上げました。これらの結果、2018年には有機稲作を23戸の農家で作付け面積20haにまで広げることに成功したというのです。除草剤や殺菌・殺虫剤を当たり前に使ってきた一般的な稲作農家がこれだけまとまって有機に転換できたのはすごいことだと思います。こうして生産された有機米は、「いすみっこ」という名を付けられて、首都圏のイオンでの店頭販売されたり日本航空の機内食に使われるなどしているそうです。
農家としては気になる生産者価格ですが、慣行米のJA買取価格が玄米60㎏当たり13,000円のところ、有機米は20,000円以上と設定されているようです。長年、有機稲作を続けている者の一般的な感覚からすれば、決して十分とは言えない価格設定ではありますが、稲作では収入にはつながらないという現状にある慣行稲作農家から見れば、生産技術の上で見通しが立つならば、間違いなく魅力があることでしょう。
学校給食への導入
2014年に有機稲作モデル事業で生産された有機米4tの活用方法についての話し合いで、農家の側から、学校給食で地元の子どもたちに食べてもらうことが一番良いという意見が出されたことから、2015年に1か月間学校給食に提供されました。これが評判となり、有機稲作モデル事業への関心も高まったということです。この年の有機稲作は15戸4.5haまで広がっていたことから、市長の提案で学校給食での全量有機米使用を検討することになりました。
当初市役所内では実現不可能との見方が強かったそうです。しかし、どのようなまちづくりを目指すのかという視点で、政策研究を行い、縦割りの枠組みを超えた合意形成をするようにすすめました。その結果、安心・安全な食料の供給だけでなく、食農教育と合わせた食育の効果、地産地消の促進、有機米産地化の推進、いすみ市の認知度の向上など多面的な効果があるという結論を出して政策提案を行い、有機米導入に伴う費用の増加分について産業振興上の観点から市が一般財源で負担し、保護者に負担増を求めないことで決着しました。こうして学校給食で使われる有機米は、2016年には40%、2017年には70%、2018年からは100%となりました。
学校給食のお米は、もともと地元JAが供給していたそうで、有機米の導入に際して問題は起きなかったのだろうかと思いましたが、有機米もJAを通して買い入れるようにするなど、問題が起きないように様々な配慮がなされたことを知りました。学校給食への導入を担当した農林課の担当者・鮫田さんは、サーフィン好きが縁で埼玉から合併前の岬町へ移住、役場職員となった人だということですから、いすみの良さを都会の人の視線で見られたこと、地元に余計なしがらみや思い込みがなかったことも、きっとこの事業がうまく進められた大きな理由だったのではないかと思います。全量有機米という取り組みは、現市長の主導で進められたことですが、これだけ全国的に注目されるようになれば、この先もずっと続けられることになることでしょう。
南房総市でも是非!
わが家の地元、南房総市では早くから完全米飯給食を実施していることはとても素晴らしいことだと思いますし、一般市民が食べられる機会となる給食レストランを定期的に開催していることもいい取り組みだと思います。いすみ市の事例報告を何度も聞きながら、ぜひ、南房総市でもさらに一歩進めて、学校給食米や野菜などの食材を有機農産物に転換していく取り組みを始めてほしいと思いました。何しろ、合併前の三芳村は、1973年から有機農業に取り組んできた、全国的にも知名度の高い地域なのですから。それを今は埋もれさせてしまっているのは、もったいないことです。