これまで日本では、食べものなど海外から輸入すればどうにでもなると考えられてきて、
農家つぶしともいえる農業政策がずっと続いてきました。しかしここにきて世界の事情が変わり、政府も「食料安全保障」ということばを使うようになって、この言葉を盛り込んだ法律(「食料・農業・農村基本法」)を制定したことは前回書きました。
今回は、わが家のある千葉県南房総で今年起きた出来事から、日本の農業と食料の危機について、毎月お米とともにお届けしている『やぎ農園田んぼだより2024年6月号』から抜粋して掲載します。
(写真は、1か月を超えた干ばつにも耐えて育つわが家の大豆畑8月12日の様子です.
大豆は、食料自給を考える上で欠かせない作物で、わが家では重視しています。)
日本の食料危機はすぐそこに
6月13日付『日本農業新聞』1面に掲載された記事の見出しは「将来の米需要 国産で賄えず」というものでした。コメ卸業界の団体である全国米穀販売事業共済協同組合が6月12日に発表した試算の結果について書いたものでした。現状の農業の問題に何も手を打たなかった場合の最悪のシナリオを想定し、日本総合研究所と連携してまとめたものです。
2040年の米の需要量が2020年と比べて41%減るとして375万トンとなり、一方生産量は2020年に比べて50%減り363万トンになるというのです。人口減少に伴い米の需要量はどんどん低下していて、現在は毎年10万トンずつ減っているのですが、それを上回る勢いで稲作農家の高齢化や離農のため生産量が急減し、2030年代のうちに国内生産では需要を賄いきれなくなるというのです。
水田を耕す人が見つからないという現実
私の地元では今年大変なことになっています。というのは、長年ある地区の中心的な大規模農家だった方が体調不良のために来年の稲作を辞める意向を示したり、また別の地区では、同じように中心的な大規模農家だった方が田植えの最中の事故で亡くなるなどの大きな問題が起きているからです。しかし、その何十ヘクタールを引き受けられる余力のある農家が見つからないのです。
地元の農業委員の方に聞くと、大手の農家を含め皆精一杯やっている状況で、これからこのような問題は次々に起こるだろうが、どうにもならない現状にまで農業に携わる人が減ってしまったということで、手の施しようがないと嘆いていました。層の厚い団塊の世代の人たちが、勤めを退職した後に、収入にはならなくても自分の家や親せきの田んぼを耕作し続けてきたことで、これまで地域の田んぼは維持されてきたけれども、その世代が耕作出来なくなってきた今、農村は崩壊寸前です。
このことは、全国各地で同時進行しているはずです。今後20年で日本の農業人口は4分の1にまで減ると予測されています。ですから、先ほど書いたような予測は、もっと早くその時を迎えるのではないか、というのが現場での実感です。
農業や農産物の価値が、日本では不当に低くされ、その結果農業人口が激減してきました。その根本的な原因を抜きに、「農家の高齢化」などと他人事のように言われてきたことが、現状を招いたのです。ただ食料を生産するだけでなく、国土保全、環境整備という公共事業を、お金にはならないけれども日常生活の中で当たり前のようにやってきたこれまでの農家の姿は農村から失われつつあります。悲しいけれども、耕作放棄地や元の農地に立ち並ぶ太陽光パネルばかりが目立つ風景が、農村に広がってゆく未来を想像しています。食べものの価値を軽く見過ぎてきたツケだということを、多くの人に自覚してほしいと思います。
「収支計算をすると大赤字だよ」とぼやきながらも田んぼを耕し続けてきた(農地を大事にしてきた)農家がたくさんいたからこそ、お米を安く食べることができたのだということも。
水田が太陽光パネルに置き換わってゆく
自分で耕作を続けることができなくなれば、代わりに耕してくれる人を探すわけですが、今やその相手も見つからない。しかし、所有地であれば草を刈ったり、水田であれば場所によっては水利の負担金も生じます。相続する人がいる場合には、負の遺産になりかねない。そんな状況につけ込むように、太陽光パネルの施工会社数社から、毎年何通もの「所有地の売却または賃貸のお願い」なる郵便物がわが家にも届きます。驚くことに、空撮写真を付けてその対象農地を指定してくるのです。
実際に、わが家の周辺では農地が小規模太陽光発電所にかわってゆく事態がどんどん進んでいます。農地を簡単に地目転換できるものだろうかと疑問を持っていたのですが、農業委員の方と話して実情がわかりました。現在は、法的な規制が緩いため、書類上の不備がなければ、許可をする権限を持つ農業委員会は歯止めにならないのだそうです。農業委員会の会議に提出された時点で、申請事業者と農業委員会事務局との間で調整が済んでいて、ただそれを追認するだけの形式的な許可なのだということです。そして、それらの事業者の多くは外資系なので、農地はかなりの割合で海外資本によって買い取られているということです。
問題は、太陽光パネル設置が認められた時点で、農地転用となり農地ではなくなるので、その後は規制が利かなくなり、いずれ太陽光パネルが撤去されて違う用途に使うことが自由にできるようになるというのです。農業委員の方は、おそらくそれが目的で太陽光パネル設置の費用を10年程度で回収した後は、その時代に儲かるビジネスのために使われるのだろうと話していました。日本農業の衰退と農家の窮状が、こうして資金力のあるアジア系の外資に利用されている状況は、各地に広がっていると聞いています。
(『やぎ農園田んぼだより2024年6月号』より抜粋)
わが家の研修生が地域の田んぼの一部を引き継ぐことに
これまでは、地区の誰かが耕作できなくなったら、百姓を続けている人たちの中から引き受ける人がすぐに決まったり、あるいは市役所の職員を交えて地区の農家が集まり相談をすれば何とか引き受ける人が見つかる状況だったのですが、とうとう人材難で難航するような 状況になりました。このような状況は早晩来るに違いないと考えてはいましたが、今年は一気にそのような事態が重なり驚きました。
幸い、今年わが家の研修生として過ごしている人たちが研修終了後にその一部を引き継ぐことになり、現在はその地区の農家や農業委員の方々とも相談しながら、彼らをどのように支えていくのかを検討しているところです。自らも百姓を続けながら新規就農者を支えていくのは大仕事ですが、新規就農する若い人たちに地域の農地を引き継いでもらえるようにするのが、中継ランナーとしての役割を担うようになったわが家の役割だと思っています。
このような地域の問題がいつかは起きるに違いないと考えて、私は今年1月から有機農業に関わる人を増やしてゆくためのNPO法人を設立して活動していきましょうと、やぎ農園と関りのあった方々を中心に呼びかけをしました。そのNPO構想は順調に具体化し、2025年春に設立し活動を開始する予定で準備を進めています。農家だけでなく地域の一般住民の方々にも参加していただかなければ、地域の農業を守ることはできないだろうと考えて動き出したことと水田を耕す人が見つからない現実が重なったのは、偶然ではないと思います。そのNPO構想については、また改めて書こうと思います。
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